【速報】工事現場から新川のお堀の石垣が出て来た!!

~ 1949年に埋め立てられた新川の遺構か ~

2022.10.15
文、撮影:山下信治
新川にかつて現在の名前の由来ともなっている「新川(堀)」が流れていたのはご存知ですか?
昨晩、読者から「工事現場の中に新川の堤の石垣が見える」との情報を入手。さっそく現地を取材しました。

新川はかつては霊岸島と呼ばれ、四方を川に囲まれた特殊な地形です。明暦の大火後の1660年にその霊岸島を南北に貫く新川(堀)が開削され、一帯は酒問屋で賑ったといいます。
新川大神宮が「酒問屋の神様」なのはその名残ですね。

1949年に新川(堀)は埋め立てられ、その痕跡は隅田川沿いの新川公園にある石碑のみです。

新川公園の石碑

現在では八本の橋がかかり交通も発達し、かつての新川(堀)の存在はおろか新川が島だったことも意識することはないと思います。

前置きが長くなりましたが、なんと新川一丁目の工事現場から石垣が出てきました。看板の地番は新川1丁目10-6ですが、一般的な住所表記では新川1丁目15番になります。

位置関係

石垣の出土現場

地中から立派な石垣が顔をのぞかせています。GoogleMapによるとここは以前は駐車場だった模様。基礎工事のために掘り返したら石垣が出て来た感じでしょうか。位置的に石垣の見えている部分は川の内側だと思います。

護岸の石垣か?

立派な石垣です。状態も良い

驚きなのがその石垣の上に直に建物が建っていること。まさに戦後の混乱期のなせる業でしょう。耐震強度など心配になってしまいます。

工事中の業者さんにお聞きすると石垣のことは何も知らされていないとのこと。マンション建築の予定のようですが、今後はどのように工事が進むのでしょうか?

当時の様子を知りたいが…

土曜日に営業している老舗ということで1943年創業の翠江堂さんに新川(堀)のお話を聞きに伺いましたが、さすがに新川(堀)の写真は手元にはないそうです。
過去に町会で古い資料を集めたことがあったそうですが、その際も見た記憶はないとのことでした。

新川には1850年創業の梅花亭さんもあるので週明けに伺ってみます。

本件とは関係ありませんが翠江堂といえば苺大福。お話を聞くついでに苺大福も買っちゃいました。

中央区の歴史で困ったら京橋図書館の地域資料室か郷土資料館なのですが、どちらも本の森ちゅうおうへの移転に向けて閉館中。学芸員さんにもお会いできないので、週明けに区役所の担当部署にお伺いしたいと思います。何か追加情報があればお知らせしていきます。

新川公園の記念碑から望遠で。車の隣が工事現場

山下信治 (編集長)

中央区民マガジン編集長。その割に中央区に住み始めて10年程度の新参者。BABYMETALとコリドラスが心の拠り所。東京都板橋区出身。

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