「セイコーミュージアム銀座」発祥の地である銀座へ移転オープン

~ 館長が語る銀座に受け継がれる精神 ~

2020.09.28
文、撮影:ユキイデ
「セイコーミュージアム銀座」が創業の地である銀座に8/19に移転オープンしました。編集部はちょっと時間をあけて9月に訪問。閉館後のミュージアムを貸し切り状態で館長・副館長に案内してもらえる最高の環境でじっくり取材しました。
  • 時計マニア・機械マニア・歴史マニアは絶対いくべし。
  • コロナ対策のため各見学時間25名だけの贅沢な空間。今こそいくべし。
  • 銀座への想い、国への想い、人への想い。案内板の隅々まで読むべし。

大型振り子時計「ロンド・ラ・トゥール」

まず目に付くのが入口右側にある大型振り子時計。これは飾りではなくちゃんとした時計で、正時と30分になればイルミネーションと音楽を奏でて、人形と歯車が動き始めます。並木通りの新しいスポットに立ち止まる人も。

エントランスでは万全のコロナ対策

検温機器とアルコールスプレーが入口に設置されています。
セイコーミュージアム銀座では新型コロナウィルス感染症対策として、1日3回の事前予約制を実施。
午前1回と午後2回の見学時間枠に区切り、その時間枠内であればいつでも入館できるシステムです。
当面の間は団体受付を休止、一度に5名までご予約が可能。便利なweb予約がおすすめです。
そしてなんと入館料は無料です!

セイコー創業の地である銀座への想い

セイコーの創業者、服部金太郎は1881年、銀座に服部時計店を開店。100年以上たつ現在も和光の「SEIKO」時計塔は銀座のシンボルです。ミュージアムが墨田区から移転してきた理由と時計塔の歴史、そして銀座への想いを村上館長に語っていただきました。

銀座は世界一の街だと語る村上館長

「墨田区東向島のミュージアムは建物の老朽化で2019年の12月で閉館しました。移転先には亀戸や表参道など色々な候補地が挙がりました。そんな中、現在のこのビル「セイコー並木通りビル」に移転することを決定いたしました。
結果的に創業の地の銀座に戻れたことは、私にとっても特別な想いです。
移転した理由の一つとして、時計好きの人だけではなく女性やSNSをやっているような若い人に向けて発信をしたいという想いもあります。
私は68歳になり5度目の銀座勤務になりましたが、未だに銀座の夜景を眺めると気持ちが高揚します。世界にはニューヨークや色んな素晴らしい街がありますが、銀座は世界一だと思います。銀座には歴史を大切にしながらも新しい風を受け入れる先進的な気風があると思います。セイコーミュージアムがここで新しい一歩を踏み出せたのはとても誇りに思います。」

銀座のシンボル 時計塔の歴史

服部時計店 初代時計塔

時計塔の歴史は1894年から始まりました。銀座四丁目にあった朝野新聞社の社屋を買収、改築して初代時計塔を設置しました。高さは約15.15m。当時としては破格の高層建築でした。
1923年にビル建替えのため初代時計塔の解体が始まったのですが、そんな矢先に関東大震災が起こりました。

関東大震災で焼けた懐中時計

震災で建設計画が中止になりましたが1929年に再開、1932年にビルが完成。この時から今の和光の時計塔と同じ姿です。2009年に耐震補強工事が行われましたが、外観はそのまま維持されました。

1932年に完成した二代目時計塔

耐震補強工事の際、高層ビルに建替える話が出ましたが、銀座の旦那衆が「このビルはセイコーだけじゃなく銀座のものだ」と言って外観はそのまま残し、内側だけの補強工事を行いました。街が目まぐるしく変わっていく中でこのビルは1932年から変わっていません。近代日本を代表する建築家の1人である渡辺仁が設計し、とても美しい姿がずっと維持されています。

文字盤の直径は2.4m、時針0.75m、分針1.17m。
3面と思われがちですが4面あり、ほぼ正確に東西南北に面しています。
第二次世界大戦の空襲により文字板の3面が割れましたが、建物は無事でした。空襲により焼け野原になった銀座の中でも持ちこたえた時計塔。復興のシンボルとして人々に勇気を与えたに違いありません。

時計塔文字板実寸のレプリカ

ミュージアムは各フロアごとにテーマが分かれている

営業終了後、贅沢にも副館長の宮寺さんに館内をじっくり案内していただきました。
ミュージアムは地下1階から5階までそれぞれテーマが設けられています。
セイコーというひとつの会社の歴史だけでなく、時計の歴史を総合的に愉しめる文化施設なのです。

「恐らく銀座で総合的なミュージアムは他に無いのでは」と語る村上館長。確かに警察博物館は京橋三丁目。セイコーミュージアム銀座は限られたスペースながらフロアごとにテーマが分けることで展示スペースを確保。見どころが沢山です。

地下1階「極限の時間」

オリンピックや世界陸上で見たことがあるトラック競技システムが展示されています。
「9.58」と表示されているこの機器は、実際にウサイン・ボルトがワールドレコードを叩きだした時のものだとか。例のポーズをとりたくなりますね!
実際に計時する体験も出来るのですが、残念ながら現在は新型コロナウイルス感染拡大防止のため休止中です。早く9.58秒ピッタリで時間を止めてみたい!

3階に展示されている「和時計」

3階のテーマは「自然が伝える時間から人がつくる時間」。
紀元前の日時計から始まり、自然現象を利用した時計が展示されています。
江戸時代の日本では、不定時法と呼ばれる時刻制度に対応した独自の機械式時計が作られていたそうです。日の出と日没が基準。昼間の一時間が夏は長く冬は短かったそうです(夜は逆)。つまり人間の生活に合わせて時間が決められていたのだとか。
その他にも、1500年頃に作られた北イタリア・南ドイツ地方で発明された最古の機械式時計と同じ機構の鉄枠塔時計や、1854年に作られたイギリス・ビッグベンののプロトタイプの振り子式塔時計、あの「からくり儀右衛門」の和時計(撮影不可)など、とても貴重な時計が数多く展示されています。

4階「精巧な時間」フロア

このフロア、床や壁が方眼紙の様なチェック模様になっていますが、奥に進むほど目が細かくなっています。奥に行くほど進化し時計が精巧になっていったことを表現しているそうです。演出が素晴らしい!

世界初のクオーツ時計

セイコーと言えばやはりクオーツ。クオーツ時計の小型化・実用化に取り組んだ歴史が展示されています。
開発によって特許権利化した技術を公開し、世界中にクオーツ腕時計が劇的に普及しました。世界に大いなる貢献をしたといっても過言ではないと思います。

5階「いろいろな時間」フロア

ピカチュウやドラえもんの目覚まし時計から、グランドセイコーまで多様性に富んだ内容です。
「この時計懐かしい!流行ったね!」という時計や、子ども向けのものなど親しみのある時計が多く展示されていました。
ちなみに展示されている時計の多く(例外あり)は「10時8分(42秒)」を指しています。理由は館内のスタッフにお聞きください。

銀座に受け継がれる精神

最後にユキイデが感銘を受けた服部金太郎の言葉を紹介します。

「お客さまに迷惑をかけない」

関東大震災被災時、社屋や工場だけでなくお客様から修理で預かっていた時計も消失してしまったそうです。お客様に迷惑をかけないことを優先した服部金太郎は「消失してしまった修理時計の代わりに、同等の新しい時計を無償でお客様にお返しします」という新聞広告を出しました。この広告は銀座の街に驚きを与えたと想像できます。同時にその精神が銀座の商店に伝播していったのではないでしょうか。
商品だけでなく精神も一流。その積み重ねが村上館長のおっしゃる「世界一の街、銀座」なのではないかと思いました。

セイコーミュージアム 銀座
住所:中央区銀座4-3-13 セイコー並木通りビル
電話:03-5159-1881
営業時間:10:30~18:00(事前予約制)
休館日:月曜日、年末年始
入館料:無料
https://museum.seiko.co.jp/

ユキイデ (編集部)

2006年から日本橋エリアに住み始める。 南大阪生まれの巨漢。デスメタルが大好き。 おばあちゃん子。

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