中央区民マガジンをご覧のみなさん、こんにちは。
~ きっかけは同級生。『おむすびとせかいのごはん&SOHO30』 ~
中央区民マガジンをご覧のみなさん、こんにちは。
以前 こちらの記事 でご紹介いただきました、俳優の長村航希です。この度、連載コラムを書かせていただくことになりました!読みづらい箇所もあるかと思いますが、どうぞ最後までお付き合いください。
まずは今年公開した短編映画『キャンセル兄ちゃん』の、ポスターと予告編をご覧ください。
コロナ禍でデリバリー配達員の仕事を始めた青年・陸を中心に、恋人、家族、仕事仲間との、ある一日の出来事を描いており、僕はこの作品で主人公の陸を演じています。
またプロデューサーとして、企画の立ち上げから携わっています。
現在は、より多くの方に観ていただく機会を作るため日々奮闘しています。
予告編をご覧の方はお気づきのとおり、この作品には中央区の街並みが多く登場します。昨年12月の撮影では、中央区内の多くの方にご協力いただきました。
映画は今年8月に愛知県で初公開し、11月に香川県、12月には銀座での上映を予定しています。
そうなんです、一年の時を経てようやく、舞台となった中央区で上映が実現できそうなのです!
その上映に向けて、中央区のみなさんに知っていただく機会はないかな?と探っていたところ、中央区民マガジン編集長の山下さんに出会いこの連載企画がスタートしました。
今回は「製作の始まり」と「中央区で撮影することになったキッカケ」について、書いてみよう
と思います。
昨年、夏のことです。
本作の脚本・監督でもある三澤拓哉さんと、5分ほどの短編映画を作りました。
コロナ禍でデリバリー配達の仕事を始めた兄と、東京の企業に就職し上京してきた妹が、たまた
ま街で出くわし、近況を語り合うという物語です。
先が見えない不安の中で、がむしゃらにペダルを漕いで進んでいく主人公の姿が、当時を生きる自分と重なりました。登場する兄妹に「きっと大丈夫だよ!」と、声をかけてあげたくなったことを覚えています。
それは、作品から今を生きる人々へ、三澤監督からのエールのように感じました。
この短編映画が『キャンセル兄ちゃん』の元となった作品です。
予算もなかったので、最低限の人員と機材で、全員野球スタイルの撮影です!真夏の炎天下、マスクで息も苦しく、終わった時にはみんなクタクタでした(笑)
そんな環境だったからこそ、一つのチームで同じゴールを目指す楽しさを強く感じたこともあって、すごく思い入れのある作品になりました。
豊洲大橋のシーン
その数ヶ月後、もう少し長い作品を撮れるチャンスが訪れます。
僕は真っ先に「夏に撮ったやつを、もう少し引き伸ばして作りたい!」と、三澤監督に伝えました。
お気楽な青年・陸というキャラクターがとても好きで、もう少し長く演じてみたかったこと。
また、季節は夏から秋になっていましたが、世の中の状況にあまり進展がなかったこと。
なんだか良くわからないどんよりした空気が、街にも自分の中にも、まだまだ残っていました。
今、自分が0から作るなら、いつか来る明るい日々を願って「きっと大丈夫だよ!」と言ってくれるような作品がいいなと思いました。
5年後、10年後「よくぞ乗り越えられました!」と、みんなで笑っている未来を想像できるもの。
夏に三澤監督と作った作品は、そんなメッセージが込められていて、ぴったりなのではないかと思い、今回の映画作りが始まりました。
さて、始まったのは良いのですが…
いつも俳優として撮影現場に参加する時は、脚本はもちろん、衣装は当たり前にあるし、なにもかも準備万端です。一体何から手を付けたら良いのかわかりませんでした。
本編の青年・陸と同じく、口をポカーンと開けたまま毎日が過ぎて行きました。
そんな出だしでしたが、脚本がある程度仕上がってくると、具体的に準備しなければならないことが見えてきます。
一番頭を悩ませたのが、ロケ地でした。
スケジュールの都合で、3日から4日以内に全て撮り終えなければならなかったので、あちこち大移動している時間はありません。
「そんな運よく近場でまとまるわけがないよ~」と、毎日泣きそうでした。
そんな時、中学時代の同級生から一本の電話がかかってきます。
(1/2):『キャンセル兄ちゃん』誕生秘話 ←NOW!
地域企業・団体に協賛いただいてます
長村航希 (区民ライター)
2003年に劇団四季『ライオンキング』ヤングシンバ役でデビュー。代表作に『ゆとりですがなにか』『詐欺の子』などがある。2023年には新国立劇場「エンジェルス・イン・アメリカ」への出演が決定している。