【動画】昭和元年建築の「月島長屋学校」再開発で姿を消す

~ 別れを惜しむ人々の声・お別れ見学会レポート ~

2022.06.04
文、撮影:ユキイデ
月島三丁目北地区市街地再開発により「月島長屋学校」が6月末に姿を消してしまいます。5/21(土)に開催された「月島長屋学校 お別れ見学会 ミニ講演・対談」(主催:東京建築士会中央支部)の様子を動画で撮影しました。来場した人々に声をかけ、カメラに向かって想いを語ってもらいました。記事内の動画をぜひご覧ください。

月島長屋学校とは
建物は1926年(昭和元年)建築の二軒長屋。
2003年、芝浦工業大学の志村秀明教授(以下、志村教授)の設計で改築・リノベーション。
2013年、芝浦工業大学の地域連携施設として「月島長屋学校」が開校。
建物1階が大学生のゼミや地域の人々との研究会・懇親会の場として使用され、2・3階部分は住居でした。

動画「月島長屋学校との別れを惜しむ人々の声」

中央区民マガジンは半年前から月島長屋学校の活動を動画で撮影。最後のイベントとなる今回のお別れ見学会の様子も撮影し、アーカイブ動画として編集・制作しました。
志村教授をはじめとする地域の人々に声をかけ、カメラに向かって月島長屋学校への想いを語ってもらいました。
「無くなってしまうのは残念だ。」
「いつかは変わらなくちゃいけないと思うが複雑…。」

といった、多く別れを惜しむ声が。
最後になってしまうかもしれない月島長屋学校の映像と、地域の人々の声をぜひ動画でご覧ください。

お別れ見学会・講演会レポート

見学会には約80名、講演会にはオンラインでの参加者を含めて約90名が参加しました。
今回の見学会では普段見ることが出来なかった2階と3階部分も公開。近所に住む人はもちろん、区外から足を運ぶ人の姿も。歴史に興味のある人や建築の専門家も訪れ、美しく見事にリノベーションされた長屋の柱や梁を興味深そうに眺めていました。

1階の畳の和室には地域雑誌「佃・月島」や「佃月島新聞」、月島路地マップ、そして志村教授の著書が展示。訪れた人が志村教授にサインを求めたり、質問をする場面も見られました。

2階には月島長屋学校の軌跡とメディア掲載情報をパネルで展示。

2階の別部屋では映像を投影。床に座りじっくり鑑賞する人もいました。

午後からは2階で講演会が開催。志村教授は月島長屋学校の成果を語りました。

講演会は事前申し込みをした人限定でオンラインでも配信。コロナ感染拡大防止として、見学者を3フロアで分ける形に。1階の見学者はPCモニタを通して熱心に講演を視聴していました。
その後、志村教授とNPOたいとう歴史都市研究会理事長の椎原晶子さんの対談が行われ、大盛況で見学会・講演会は終了しました。

月島長屋学校の活動は継続する

月島長屋学校は6月末に取り壊しが始まります。歴史のある建物なので「取り壊しではなく移築できないのか?」という声が志村教授のもとにたくさん寄せられているらしいです。ですが、現在の建築基準法(耐火建築物)で移築はできないとのこと。
動画の中で志村教授はこう語っています。
「残念ながら再開発でこの長屋学校は無くなってしまうのですけれど、また別の所に拠点を移して地域雑誌の『佃・月島』の発行といった活動を継続して行こうと思っています。」

新しい拠点は佃一丁目を予定しているとのことです。(開設日は未定)

長屋学校の中を初めて取材した際、志村教授から改築した時のエピソードをたくさん聞かせていただきました。志村教授は説明をしながら、改築した当時のことや、ご家族で暮らしていた時のことを思い出している様子でした。
「この漆喰壁を塗るのがとても上手な学生がいて。元気してるかな。」
「このタイルは妻が頑張って貼ったものなんです。」
「ベランダで焼肉をしていたら消防団の畳屋の親父さんが火事と思って覗きに来た。」

どのエピソードも人が出てきて、とても月島らしいなぁと思いました。
長屋学校は築100年近い建物ですが、ノスタルジーやレトロという言葉とは少し違う、空間の豊かさ・面白さを感じることができる温かい空間でした。
唯一の存在が無くなってしまうのは残念ですが、次の拠点でも地域の人々が集まり、佃・月島の魅力を途絶えることなく発信し続けてくれることに期待したいです。

月島長屋学校 ※再開発により2022年6月末閉鎖※
住所:中央区月島3-21-4
ホームページ


↓ 月島再開発「わたし児童遊園」閉鎖 ↓

ユキイデ (編集部)

2006年から日本橋エリアに住み始める。 南大阪生まれの巨漢。デスメタルが大好き。 おばあちゃん子。

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